オーダースーツ 銀座英國屋コラムイシカワブラシとは?時代と服の変化に見合うブラシを追求した一徹な職人の苦闘の軌跡
イシカワブラシとは?時代と服の変化に見合うブラシを追求した一徹な職人の苦闘の軌跡
オーダースーツのお手入れの基本は「ブラッシング」です。しかし、昨今のスーツには繊細な生地が多く、生半可なブラシではかえって生地にダメージを与えかねません。
そんな時におすすめしたいのが、高級洋服ブラシ「イシカワ(ISHIKAWA)」です。繊細な生地を力一杯ブラッシングしても、傷つかないどころか、光沢がよみがえり色が冴えるという、驚くべきお手入れ効果があるブラシです。
今回の記事では、そんな魅力的なブラシ「イシカワ」について、製作者のこだわりとなぜそれほど優れた洋服ブラシなのかを物語りとして紹介した上で、イシカワブラシの魅力の秘密を解説します。
イシカワブラシとは?
イシカワブラシとは、高級ウールやシルク、カシミヤ、ビキューナ、毛皮などのデリケートな上質生地で作られた服をお手入れするために作られた、他に類を見ない高級服地専用の洋服ブラシです。
スタンダードタイプとプレミアムタイプがあり、いずれも予約待ちですぐには受け取れません。
また、そのようなブラシが存在すること自体に、驚かれる方も多いでしょう。しかし、それだけの、いや、それを超える価値があることは、本稿を読み終えた時点で納得できるのではないでしょうか。
イシカワブラシ物語
1980年代中頃から世界的にイタリアンファッションが広まり、日本市場にもイタリアからのインポートのアパレル製品が続々と入ってきました。
1970年代中盤からのDCブランドブームが加熱した果てに、玉石混交となって消費者のDC離れが起こり、そこに円高のメリットも手伝って、アルマーニを筆頭にイタリアのブランドに注目が集まったという背景がありました。
イタリアンファッションが他のあらゆるファッションにも影響を与え始めたことにより、一徹なブラシ職人石川和男氏は人生最大のジレンマに直面します。
それが、世界で唯一無二の洋服ブラシ「イシカワ」の胎動につながりました。
〜プロローグ〜 あるブラシ職人のジレンマ
当時イタリアから入ってくるアパレル製品の服地は、従来の服地に比べて柔らかで、より薄く、より軽く、デリケートでした。ブラシ職人石川氏はそういった服地に対し、見合うブラシ用の素材が存在しないことに苦慮します。
ブラシ本来の役目は、服地の繊維に詰まったホコリを掻き出し、織組織を整えることです。ところが、年々デリケートになる服地に対して、従来のブラシで力を込めてブラッシングすれば、生地の表面を傷つけてしまいます。
石川氏の持論である、「力を込めたブラッシングこそ服を守る」という考え方が、成立しないという、彼にとって人生最大のジレンマといっても過言ではありません。
これではいけないと深い決意に立ち、時代に合ったブラシを作るための長い探求と試行錯誤の果てに、書道の高級毛筆にヒントを得て辿り着いたのは馬の尾脇毛(おわきげ)でした。
〜第1章〜 馬車と土埃の時代
スーツファッションの源流は、冬が厳しい英国です。昔はスーツ用の生地も厚手が当たり前で、ツイードやフランネルもスーツ用としても選ばれていました。
そして、現在のように道路は舗装されていない時代です。馬車が行き交う市中を歩けば、おびただしい土埃が生地の表面に付着します。この土埃を払い落とすために、硬めの毛を持つ豚毛のブラシが用いられました。
ところが近年では、服地も街の環境も変化しています。市街地には土がむき出しの道路はなく、屋外も屋内のように清潔になってきました。
分厚い生地のスーツを着用する人は稀になり、多くの男女の装いには、薄くて軽量でなめらか、柔らかくてしなやかな生地が使われる時代です。ツイードでさえ昔のものと比べると、おおむね半分以下の軽さになっています。
〜第2章〜 生活環境と素材の変化
カシミヤやシルクなどの生地はもちろんとして、上質で極細繊維のウール生地には豚毛のブラシではハード過ぎて、繊維にダメージを与えてしまい、手入れどころではなくなります。
時代が変わって生活環境や服地が変化しているかぎり、ブラシもそれに合わせなくてはなりません。
1980年代後半からのイタリアンファッションの大ブームで、服地もどんどんデリケートに変化しました。従来のように、豚毛ブラシでブラッシングすることが憚られるような繊細な素材が年々増えていきます。
繊細な生地には、それに見合う繊細な毛を用いたブラシを使うのが、服のお手入れの鉄則です。ブラシ職人石川氏はその鉄則を貫かんがために、時代に合ったブラシの探求を始めました。
豚毛のブラシに代わるものとして、世間でも豚毛よりも柔らかい馬毛のブラシが使われるようになり、一般的には馬の尻尾の本毛(ほんげ)と呼ばれるものが使われます。
本毛は太く硬く長い毛で、用途はバイオリンの弓などです。ハリがあるので高級スーツの本バス毛芯に使われます。
馬の本毛は豚毛よりも柔らかいですが、時代に合うブラシの探求の途上にある石川氏にとっては、お手入れの鉄則に照らしてまだまだ充分ではないと判断しました。
当たりを柔らかくするために本毛を短めに(5cm程度)植えたブラシをカシミヤ用に試作します。しかしコシのしなりが悪い上に、毛先が広がり使いにくいブラシになってしまいました。そこでわかったのは、馬毛であれば何でもOKという訳ではないことです。
〜第3章〜 探求と試行錯誤の果てに
石川氏はデリケートな生地を傷つけない柔らかな当たりと、繊維に詰まったホコリを掻き出せるコシという、一見矛盾する要素を兼ね備える素材を探し求めます。
長年に渡る探求の果てに、石川氏はついに書道の高級毛筆の持つ特性が、当たりの柔らかさとコシの強さという条件を同時に満たしていることに辿り着きました。
親交があった職人仲間の華師のひとりである鹿島芳山師に助言を頂戴し、尾脇毛(おわきげ)と呼ばれる、尾の根元に生えている毛を使った新しいブラシを作り出したのです。
「本毛と尾脇毛の違いは、フェザーとダウンの関係と同じだ」と石川氏は語ります。
柔らかなタッチとコシの強さという、相反する要素を兼ね備えた尾脇毛のブラシは、本毛のブラシに比べ毛足を長めにしても圧倒的にしなやかです。そのため、コシの強さを維持して理想的なハリおよび反発力を持っています。
きめの細かいボリューム感が生地の織組織を整えて、本来持っている風合いを際立たせます。従来のブラシ作りよりも数倍もの手間を掛ける事になりますが、石川氏は素材を厳選した上で手間を惜しまずに作ったのです。
これまで存在したどんな高級ブラシをも凌駕するクオリティを誇る、高級洋服ブラシ「イシカワ(ISHIKAWA)」が産声を上げました。
イシカワブラシの魅力
上質ウールやカシミヤなどの繊細な生地の繊維の中に入り込むホコリをしっかり掻き出し、生地の呼吸をスムーズにする稀有な洋服ブラシが「イシカワ(ISHIKAWA)」です。
自然の恵みたる天然繊維からなる上質な服地は、本来油分を含んでいます。クリーニングに出せば出すほど、油分が少しずつ抜けていき、しっとりとした風合いや美しい艶が失われてしまいます。
だからこそ、クリーニングに出す必要がないように、普段からのブラシによるケアが大切なのです。
「イシカワ」は、ブラシそのものに天然の油分がたっぷり含まれているので、服地に力を込めてブラシを掛けるほどに生地に油分が補填されて、本来のふかふかした潤いを蘇らせ、艶やかさを持続させる効果があります。
驚くほど手間がかかる製造工程
洋服ブラシとしては破格のプライスを持つこのブラシが、予約しなければ手に入らないのは、品質が卓越しているからにほかなりません。そのような高品質の洋服ブラシが生み出される秘密は、素材もさることながら「製造工程」にもあります。
まず、馬の尾の中心にある尾脇毛と呼ばれる柔らかい毛を集めて、3段階に選り分けます。これは、毛の色が異なるもの、撚れているものを除き、絞り込む作業です。そこから、さらに色を均(なら)していきます。
次に、そうして集めた毛を少量ずつ束ねて二つ折りの状態で、ハンドルにある合計205個の穴に、手作業で丁寧に通していきます。普通の洋服ブラシであれば1本に数時間もかければ完成するところ、「イシカワ」はブラシ1本に4日ほどかけて精魂込めて作るというのですから、驚きです。
ブラッシングで毛玉がほぐされる?
通常のブラシの製造では機械で毛をカットするので、円筒形の断面になります。一方「イシカワ」は、カットせずにナチュラルな尾脇毛のままの円錐形で、先に行けば行くほど細く尖っています。その先端が服地の繊維の奥まで分け入り、ホコリを外に掻き出すのです。
これが、多くのユーザーが最初に使った際に驚く、「みるみる服地の艶が蘇り、色が冴える」まるで魔法のような効果を生みます。もちろん魔法でもなんでもありません。物理的に、そういう現象を起こせるブラシの品質なのです。
たとえば毛玉ができたニットをブラッシングすれば、みるみる毛玉がほぐされてゆき、毛並みが整って艶を取り戻します。
力一杯ブラッシングしても、服地は傷付かず、ブラシの毛先も決して開かないので、いつまでもその「魔法的」な効果は有効。愛するワードローブの寿命を伸ばしてくれる、素晴らしい洋服ブラシです。
イシカワ(ISHIKAWA)に柄(え)がない理由
石川氏は「ブラッシングはソフトに手首を返して」という考え方に、真っ向から異論を唱えています。それではホコリは落ちないと。
高級ブラシ「イシカワ」の、製作者石川氏自身による使い方の説明はこうです。
1度着用したスーツを、まず下から上に向かって「力一杯」ブラッシングして、繊維の目のホコリを掻き出します。次に上から下にやはり力強くブラッシングして、繊維を整えます。
従来のブラシとは違うので、生地にダメージを与える心配はありません。「イシカワ」には一般的なブラシのように柄(え:持ち手)が付いていません。これもハンドルをダイレクトに握り、手首ではなく腕そのものの力をブラシに伝えるためです。
力を込める意味は、「毛先の反発力を繊維に伝え、生地本来の最高のコンディションを回復するためだ」と石川氏は語っています。繊維の目に詰まったホコリまで掻き出してこそ、本来の艶が蘇り、色合いも一段と冴えるのです。
また、服地の状態が常に綺麗で良好なので、クリーニングを出す必要性を感じなくなります。感じるのは、お気に入りのスーツが常に良好な状態であることです。
イシカワに込められた服への愛情
高級洋服ブラシ「イシカワ」は、高価なブラシではありますが、植え付ける馬の尾脇毛やハンドル(手で握る部分)の木材を含めた厳選された素材、1本作るために4日程度掛けることや、クリーニングに出す必要が圧倒的に減ることなどを考えれば、決して高くはありません。
気に入った高級オーダースーツやカシミヤのコートを、その美しい風合いを維持しながら長く愛用するために、「イシカワ」は最良のお手入れツールといえるでしょう。
さいごに
石川和男氏が職人魂に懸けて作り上げた高級洋服ブラシ「イシカワ(ISHIKAWA)」の素晴らしさを紹介しましたが、尽きない魅力はまだまだ伝えきれていないかもしれません。使ってみないとわからない凄さがあるからです。
良いものを長く使う、英国の服飾文化の美点を実現できる「一生モノ」の洋服ブラシであり、愛用のオーダースーツを長く大切に着ていくことを願っているみなさんには、自信を持っておすすめします。
予約注文性でなかなか現物を見ることができない「イシカワ(ISHIYAMA)。
銀座英國屋では、5万円と10万円のブラシを店頭でご覧いただけますので、ご興味のある方はぜひ取り扱い店舗へお越しくださいませ。(取り扱い店舗:銀座三丁目店・銀座一丁目レンガ通り店・赤阪東急店・オークラ東京店・あべのハルカス店)
監修者
小林英毅(銀座英國屋 代表取締役社長)
1981年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。 オーダースーツ銀座英國屋の3代目社長。 青山学院大学ファッションビジネス戦略論・一橋大学MBA・明治大学MBA・ネクストプレナー大学にてゲスト講師。 銀座英國屋は、創業80年。東京銀座・オークラ東京・大坂梅田・大阪あべのハルカス・京都に店舗展開。
ビジネスウェアを選ぶ際の「どなたから、信頼を得たいか?」という視点を軸に、オーダースーツについて、お役に立つ情報をお届けいたします。
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