オーダースーツ 銀座英國屋コラム英国とイタリアのオーダースーツ生地が愛される理由と両国のビスポーク文化の比較
英国とイタリアのオーダースーツ生地が愛される理由と両国のビスポーク文化の比較
オーダースーツ用の生地は、世界各国で製造されています。もちろん日本国内でも作られていますが、実際にオーダースーツの市場で扱われるメインの生地は、英国生地あるいはイタリア生地であることが多いのも事実です。
テーラーやオーダースーツショップでも、多くの場合英国製・イタリア製の生地以外にも日本製や中国製、ポルトガル製、スペイン製、なども選べる場合がありますが、それでも中心は英国・イタリアものです。
今回の記事ではそんな英国生地とイタリア生地の魅力を、比較を交えて紹介します。これから初めてオーダースーツの仕立てにトライされる方や、何度か仕立ててオーダーすることの意義を感じ始めている人は、せひともご御覧ください。
英国生地とイタリア生地
英国とイタリアはビスポーク、つまりオーダーメードの本場と呼ばれています。どちらもヨーロッパの服飾文化の中で輝かしい歴史があり、ビスポークの隆盛の歴史や技術の高さについては他国と比べ群を抜いています。
とはいえ使用されるオーダースーツ生地の産地までもが、その2つの国に集約されるのはなぜでしょうか。それはいうまでもなく、生地のクオリティが高いからです。
しかしながら、膨大な数の国々がオーダー生地を生産する中で、英国とイタリアの生地の品質が特に優れていることの背景に、なにか共通の要素があるはずです。
それを紐解くために、いわゆる世界三大織物産地と呼ばれるウール生地の聖地に目を向けてみましょう。
世界三大毛織物産地とは?
ウール生地の業界では「世界三大毛織物産地」と呼ばれる3つのエリアが存在します。それは英国のウエストヨークシャー州にあるハダーズフィールド、イタリアのピエモンテ州にあるビエラ、そして我が日本の尾州という名称でくくられているエリアです。
我が国の尾州も世界基準の毛織物を発信
尾州は愛知県の一宮市、稲沢市、岐阜県の羽島市などを中心とした機屋が多く存在する日本最大の毛織物産地を指します。国内の毛織物生産量の約80%を尾州製が占めていることから、その奥行の深さが窺い知れます。
尾州製のオーダースーツ生地もオーダー市場に出ており、英国イタリア勢に引けを取らない世界水準の優れたクオリティが評価されています。
ただし、製造業者の数では重厚な歴史がある英国とイタリアの層が分厚く、その結果オーダー市場の中のシェアとしては、三大産地の中でも英国とイタリアが圧倒的に多くなっているのは否めません。
むしろ、少数ではあっても三星毛糸などのように世界が認める一流の毛織物業者が日本に存在するということを、私たち銀座英国屋は誇りに思います。
名産地の共通項は織物製造に適した水脈に恵まれていること
世界三大毛織物産地に共通しているのは、毛織物製造に適した良質な天然水がふんだんに使えるエリアであることです。
ハダースフィールドはコルネ川とホルム川が合流する地です。そこには英国を代表するテーラー&ロッジやダグデールブラザーズ、フォックスブラザーズなどの錚々たるミルが栄えてきました。
ビエラにはコルボ川とチェルヴォ川が流れ、イタリアを代表するエルメネジルド・ゼニアやロロピアーナ、カノニコ、アンジェリコ、チェルッティなどのミルが発展を遂げたのです。
同様に尾州には一級河川の木曽川が流れており、毛織物産業が発展しました。
生地が織られる前段階の洗浄と染色で差がつく
これらの河川から得られる澄んだ水はマグネシウムなどの鉱物の含有バランスが少なく、羊毛原料の洗浄や染色に適しています。
なぜなら鉱物質が混ざっているほど洗浄時には泡立ちにくく、繊維の中の不純物が除去しにくくなります。さらに染色時には鉱物質が繊維の色素と結合してしまうために、染料が繊維に染み込むのを妨げるのです。
鉱物の含有バランスが少ない澄んだ水は、洗浄効果も高いので不純物が繊維に残りにくく、原料を白度の高い状態(さまざまな色に染めやすい状態)にします。
その上、染料が繊維に染み込むのを妨げられずに深くしっかり染まります。その結果、色の冴えと、色落ち、色褪せのしにくい染色加工が可能です。糸に紡がれる前の段階で、羊毛原料はすでに大きな優位性を持つ状態になります。
付け加えると、鉱物質が少ない水なので製造工程で沈殿物が発生しにくく、川を汚すことも避けられて環境に優しいサスティナブルな面がそれらの河川にはあります。
水以外の要素も大切
英国のハダーズフィールドはヨークシャーの水の恵み、イタリアのビエラはアルプスの水の恵み、尾州は木曽の水の恵みをそれぞれ享受し、良質の生地を生み出す産地となりました。
しかしながら、水以外の要素も毛織物産業の発展には大切です。
出来上がった生地を顧客のもとに届ける交通インフラが整備されていることや、関連業者がエリアに集まっていること、そしてその地に暮らし工場の作業を支える地域の人たちの文化やこだわり、感性も良い生地を生み出す大きな要因といえます。
そういう意味で、総合的にハダーズフィールドとビエラは世界レベルで卓越していると考えてよいでしょう。
英国生地とイタリア生地の特徴を端的にいえば
英国生地の典型的な特徴は以下のとおりです。
●打ち込みがよく重厚でハリとコシのある丈夫なものが多い
●光沢系もあるがマット系(艶消し感がある素材感)が多く見られる
●誠実で紳士的な印象を与えるものが多い
同様にイタリア生地の典型的な特徴は以下のとおりです。
●甘撚りで軽く柔らかくドレープ感があるものが多い
●マット系もあるがなめらかな光沢系が多く見られる
●洒脱で洗練された印象を与えるものが多い
もちろん、一見しただけではどちらとも言い難い生地もたくさんありますが、双方の特徴的な要素を挙げると上記のようになります。互いの国の装いに対するこだわりが出ているようです。
ビスポーク文化とサルトリア文化
オーダースーツ生地はそれが作られる目的であるビスポーク(オーダーメード)、いわゆる注文服の文化の影響を強く受け、進化してきました。
ビスポークとハダーズフィールド
ロンドンのサヴィル・ロウストリートを中心に発展したテーラー(Tailor:仕立て屋)は、顧客と語り合いながら服のデザインや仕様を決め、採寸し、生地を選び、仮縫いし、仕立て上げてきました。
テーラーと顧客が語り合いながら、本当に満足できる服に仕上げていくのがビスポークの醍醐味です。ビスポーク(Bespoke)という名称の由来は”be spoken”です。つまり語られる中で服を作り上げるという意味が込められています。
真摯な語り合いの中で、服の外見だけでなく、どういう素材感、柄行き、色合いなども語り合われ、それがテーラーから取引のあるマーチャント(織物商社)に、またマーチャントを通じてミル(織元:織物製造業者)に伝えられます。
エンドユーザーのフィードバックがウェストヨークシャー州ハダーズフィールドで作られる新たな生地に反映され、そういうことを100年以上繰り返してビスポークとともに英国生地も発展してきました。
サルトリアとビエラ
イタリア流のビスポークはサルトリア(Sartoria)と呼ばれ、英国でいうところのテーラーはサルト(Sarto)と呼ばれます。
1860年にイタリアが統一されるまで、この国にはさまざまな国の文化が入り込んでいました。特に英国貴族はナポリでバカンスを過ごす際に、サヴィル・ロウからお抱えのテーラーの職人を連れてきて、服を現地で仕立てさせていたのです。
当時英国文化への憧れを持つイタリア人は多く、ミラノやナポリの服飾関係者も英国っぽいものを「イングレーゼ」と呼んで称賛する気風がありました。
英国の貴族たちも、手先が器用なナポリの人たちに服を仕立てさせようと、お抱え職人に彼らを指導させました。
そうやってナポリのアルティジャーノ(職人)は、英国から来た職人に服作りを学びます。それとともに、イタリア気質によってナポリ流の服作りの技術を融合させ、独自の進化をさせてきました。
その一つの完成形がクラシコイタリアの文化です。クラシコイタリアの名だたるサルトのために、ピエモンテ州ビエラのミルは遠くからの顧客の声をマーチャントから伝え聞き、生地の創造に反映してきたのです。
さいごに
現代はあらゆる市場がグローバル化しており、オーダー市場もその例外ではありません。そのため、生産国の個性が強い生地は、以前よりは少なくなり、平均化されたインターナショナルな生地が増えているのは事実です。
そういう時代だからこそ、英国文化が薫り立つ生地、イタリア文化の洗礼を受けた垢抜けた生地の存在感がより一層高まっているともいえるでしょう。
それらに興味があるみなさんは、それぞれを特集した以下の記事をご覧になって、オーダースーツ生地選びの参考にしてください。
英国製オーダースーツ生地特集|文化に根差す格調高い織物は勇気を鼓舞する「心の鎧」
イタリア製オーダースーツ生地特集|ルネサンスの息吹を現代に伝える洗練と洒脱の結晶
監修者
小林英毅(銀座英國屋 代表取締役社長)
1981年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。 オーダースーツ銀座英國屋の3代目社長。 青山学院大学ファッションビジネス戦略論・一橋大学MBA・明治大学MBA・ネクストプレナー大学にてゲスト講師。 銀座英國屋は、創業80年。東京銀座・オークラ東京・大坂梅田・大阪あべのハルカス・京都に店舗展開。
ビジネスウェアを選ぶ際の「どなたから、信頼を得たいか?」という視点を軸に、オーダースーツについて、お役に立つ情報をお届けいたします。
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