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次のステージへ向かう意志を高めてくれる一着

松乃鮨四代目 手塚 良則様

Profile: 1910年創業 松乃鮨 四代目 / SUSHI Ambassador
幼少の頃から父の魚の仕入れに同行し、目利きを学び、学生時代から包丁を握る。大学卒業後、ヨーロッパ・北米に4年間駐在。海外スキーガイドと、富裕層向けの旅行ガイド経験を通じ、海外文化とホスピタリティを学ぶ。現在は日本の鮨文化、及び食文化と魚の価値を高めることを目標に、ガイド経験を生かしたインバウンド業務、『鮨』パーティーのコーディネート、鮨ビジネスコンサルティング、大学や教育機関での食育や、国内外の大学や企業での講演などにも尽力している。

鮨を通して、日本文化の素晴らしさをお客様に伝えたい

英國屋 小林

小林:本日は、お忙しい中ありがとうございます。築80年を超える伝統的な日本家屋の中でお話を伺えること、大変光栄です。
手塚さんは、明治43年(1910年)創業という長い歴史を誇る、松乃鮨の四代目として多方面でご活躍されています。まず、松乃鮨の歴史について教えていただけますか。

松乃鮨四代目 手塚 良則様

手塚様:松乃鮨は、東京の芝神明(現在の浜松町あたり)で、屋台の鮨店としてスタートしました。大森海岸に出店したのは二代目で、昭和11年(1936年)のことです。

当時の大森海岸は、海苔の名産地であり、素晴らしい鮨ネタが目の前で取れる江戸前鮨の本場。さらに、東海道の関所でもあり、芸者が400名以上在籍していた料亭の街でした。二代目は同じ花街であった神楽坂での修行経験を活かし成功をおさめましたが、私の父である三代目が店を引き継いだ後に大火に見舞われ、建物は全焼。燃え残った看板を掲げて再スタートを切った父は実家を改装し、芸者が舞うことのできる現在の松乃鮨をつくりあげました。現在は父と私がカウンターに立ち、お客様をお迎えしています。

小林:手塚さんが4代目として注力されている活動についてもお話しいただけますか?

松乃鮨四代目 手塚 良則様

手塚様:私自身は、外国人富裕層向けのインバウンド対応に力を入れていて、日本でしか味わえない特別な日本文化・食文化体験を提供しています。例えば、「お寿司の握り体験とお食事」、「市場ツアー」「英語での鮨文化講演+寿司パーティー」などですね。

また、コロナ禍で一時的にストップしましたが、国内外での大きなイベントや、VIPのパーティーでの「出張握り」も積極的に行っています。鮨を通じ、五感で日本の文化を体験していただきたいので、会場に屏風なども持ち込み、しつらえからこだわっています。

小林:もともと、海外富裕層をメインターゲットと考えられていたのでしょうか。

手塚様:日本文化を体現する「鮨」を通して、日本文化の素晴らしさを伝えたいと活動を続ける中で、自然と海外富裕層のお客様が増えていきました。「相手の文化によりそいながら、日本文化の素晴らしさを発信したい」と考えるようになったのは、大学時代にある先生と出会い、異文化コミュニケーションを学んだことがきっかけです。
大学卒業後は4年間旅行代理店に勤め、海外のスキーガイド、富裕層向けのガイドを通して海外の文化やホスピタリティを学ぶことができました。帰国したら、自分が鮨を通して日本文化を海外に伝えたい、鮨で日本をガイドしたい。そんなことを考えていましたね。

鮨職人として働くようになってからは、アメリカの料理学校で日本文化についてお話ししたり、日本の大学で学ぶ外国人留学生に授業をしたり、非営利団体の活動やチャリティーイベントにも積極的に参加しています。世界でも知名度の高い鮨をコミュニケーションツールと捉え、一貫の鮨につらなる日本の匠たちの仕事ぶり、漁師さんや仲買さんのこだわり、日本文化、おもてなしの心を表現するのが、鮨職人である私の役割だと思っています。

お客様の目的を明確にし、最高の時間をつくりあげる職人技

小林:手塚さんが力を入れておられる「出張握り」は、パッケージ化されたプランがあるのでしょうか。

手塚様:会場や参加人数といった前提条件も大きく異なるので、お客様のご要望に合わせてカスタマイズしています。当日にプランをアレンジすることも多いですね。例えば、当日会場に持ち込まれたワインに合わせてメニューを組み替えたり、イベントの主役が、「普段から握りは少しで、つまみに流れることが多いかな……」とお話しされていたら、お好みに合わせます。
出張握りでの私の役割は、情報収集と、その情報をこの場でどう反映できるかを考え、プランニングすることなんです。

小林:その場の会話からプランが変更になることもあるのですね。

松乃鮨 寿司

手塚様:パーティーが始まってからも、できる限りご要望にお応えします。鮨は、お客様の目の前で握るので距離感が近く、「さっきのマグロ美味しかったから、次もそれがいいな」といったように、お客様も気軽に希望を伝えやすいんですよね。

小林:対応される側は大変だと思いますが、お客様にそういったやりとりまで楽しんでいただけるのが鮨の魅力かもしれませんね。

手塚様:そうですね。鮨はもちろん、天麩羅、おそばなども屋台から始まった江戸のお料理。お客様と会話しながら、出来立てを提供してきました。お客様にとって、出張握りは一生に一度かもしれない。自分たちも常に一度きりの機会と言い聞かせながら、新鮮な気持ちで向かっています。

小林:その柔軟なカスタマイズ力が松乃鮨さんの強みと言えそうですね。他に、具体例を挙げていただくことはできますか?

手塚様:例えば、ハイブランドのパーティーでの出張握りを依頼され、ブランド側に「SNSで情報発信し、知名度をより高めたい」といったご要望があったとします。そんなときは鮨にとらわれず、デザートに女性が写真を撮りたくなるような「和のマカロン」の提供をご提案することもあります。

小林:マカロンですか!?

手塚様:招待客が撮影されるお写真にブランドロゴが映り込むと、SNSで発信した際に良い宣伝になりますよね。ブランドのコンセプトを表現できるロゴ入りのオリジナルマカロンを手配したり、ブランドのロゴをくり抜いた鮨海苔で軍艦巻をおつくりしたり……。さまざまな手段で、クライアントのご要望を実現します。

イベントには、さまざまな目的があります。商談の成功率アップ、認知度やイメージ向上、他ブランドとの差別化といった「真の目的」をクライアントが達成するために、鮨がある。丁寧なヒアリングでクライアントの「真の目的」を探り、一緒にパーティーをつくりあげることも私の仕事です。

松乃鮨四代目 手塚 良則様

小林:急なマカロン登場に驚かされましたが(笑)、手段に固執することなく、お客様のご要望によりそって最高の時間をつくろうという姿勢が素敵ですね。

手塚様:ありがとうございます。でも実は、銀座英國屋さんに初めて伺ったとき、私も同じ感想を持ったんですよ。
スタイリスト(接客担当)の方が、「どんな場面でスーツをお召しになりますか? その場面で、目の前の方にどんな印象を持ってもらいたいですか?」と訊いてくださった。
対話を通して、お客様の目的をクリアにする。銀座英國屋さんと松乃鮨は、実は近しい感覚で仕事をしているのではないかと感じましたね。

お客様ごとに考え抜かれたストーリーが、体験価値を高める

小林:先程、松乃鮨さんのカスタマイズ力を支えるのは、手塚さんの徹底された情報収集にあると教えていただきましたが、鮨を提供される際に押さえておきたい情報というと、どんなものが挙げられますか?

手塚様:海外のお客様の場合、お客様が信仰されている宗教、嗜好、普段召し上がっているもの、あとはその方が通われている鮨店があれば知っておきたいですね。例えば、同じニューヨークからのお客様であっても、馴染みの鮨店が違えば、こちらでお出しするメニューも変えます。

松乃鮨四代目 手塚 良則様 体験

また、インバウンドの方は日本滞在中に「鮨屋めぐり」をされたり、東京だけでなく京都や金沢といった別の街に滞在されることもあります。できれば、大まかな旅程を知りたい。お客様が飽きないように、他店とは違う提供方法を考えたり、次の行き先での楽しみが増えるような「種まき」をしたいという想いがあります。

例えば、東京から京都まで旅をされる方には、輪島塗の東海道五十三次をモチーフとしたお椀を使いたいですね。お椀の蒔絵と地図をお見せしながら日本各地を紹介し、「江戸時代から続く日本のゴールデンルートを、みなさまは旅されるのですよ」という話から、漆という地方の伝統工芸品を紹介することができます。実際に伝統工芸品に触れていただき、できればそこのルートで獲れたお魚を使って、鮨カウンターで日本を旅していただきたいですね。

「日本の『味噌』も地域ごとに個性があるから、京都ではまた別の味を楽しんでね」とお伝えしたりすることも、「種まき」のひとつです。事前に「味噌には地域性がある」という知の土台ができていれば、京都で白味噌のお味噌汁に出会ったとき、「松乃鮨のお味噌汁と違う……」と、差異にとらわれるのではなく、「これが、手塚さんが言っていた“別の味”か」と、白味噌の風味そのものを堪能できると思うのです。

ちょっと細かな話になりましたが、松乃鮨を経由してくれたことで、旅全体が豊かで楽しくなる。そんな配慮ができたらと思っています。

小林:宗教や嗜好まではわかりますが、お客様が松乃鮨に出会う前後にまで思いを巡らせるというのは、想像を超えていました。
ちなみに手塚さんは、初対面のお客様と接するとき、どのような話題から入ることが多いですか? 私は常に試行錯誤で……どんな話題を、どのくらいの深度で展開すればお客様に心地よく感じていただけるのか、考えてしまいます。

手塚様:そうですね……お客様のバックグラウンドに触れられた後は、お魚に興味があるのか、器の歴史を知りたいのか、日本食に関心があるのか……どんな情報が伝われば一番よろこばれるのかを推測し、選んでお話ししますね。

小林:やはり、伝える情報もカスタマイズされているんですね。お客様にお話しされて、特に喜ばれた話題はありますか?

手塚様:鮨、お魚、器……それらの「裏側」をお話しすると、喜ばれる方が多いですね。なぜこの魚をこの産地から取り寄せ、この切り方をして、このタイミングで、この器に載せてお出ししたのか。どのような想いで今日この料理を提供したのか。一貫の鮨を取り巻く「背景」が物の価値を高め、松乃鮨での体験を、より愛していただけるのではないかと思います。

小林:そうですね。スーツの生地ひとつをとっても、生地が生まれた経緯や素材、製法、そして、「なぜ銀座英國屋がこの生地を選んだのか」といったストーリーをお伝えすることで、スーツにより愛着を感じていただけそうです。

手塚様:手間もかかりますし難しいことですが、その時、その場所、その方だから楽しめるストーリーを考え、表現することが大切ですね。

松乃鮨 料理

どこに行っても安心。自分の格を上げる銀座英国屋のスーツ

小林:では、手塚さんが、当社のスーツをお召しになるのはどんなタイミングでしょうか。

手塚様:大切な打ち合わせの場はもちろん、出張握りの日も、鮨を握るとき以外は銀座英國屋さんのスーツです。30歳頃から、会場の雰囲気を壊さないためにも場にふさわしい服装をしたいと思ったのです。

小林:当社で初めてお仕立ていただいたのは、2012年でした。なぜ、銀座英國屋をお選びいただいたのですか?

手塚様:「いつかは、銀座英國屋さんで」。そう思われている方は多いと思いますが、私もその一人でした。22歳から働き始めて10年経ち、社会人として次のステージへ踏み出すタイミング。背伸びかな……と感じつつ、きちんとしたいという一心でお邪魔したことを覚えています。

小林:ちょっと回答を伺うのが怖いのですが……フルオーダースーツのハードルは高くなかったですか?

手塚様:いや、最初は高かったですよ(笑)! 「衿はどうしますか?」と訊かれて、内心、「衿!? 衿にそんなバリエーションがあるの!?」みたいな感じで慌てていました。最近やっと好みがはっきりわかるようになり、オーダーを重ねるごとに、より自分らしいスーツができてきた感覚があります。

小林:最初に戸惑わせて申し訳ありません(笑)。その後も、定期的にお仕立ていただいていることに感謝しています。

松乃鮨四代目 手塚 良則様

手塚様:見栄えが全然違いますからね。自分でもわかるくらいなので、周囲の方はもっと違いを感じてくださっていると思います。最近、コロナの影響で、スーツを着る機会が減ってしまっていたのですが、久々に着てみてもやっぱりいい。一着目を着て、お店の鏡に映る自分を見たときから同じ感想です。

銀座英國屋さんのスーツは、自分の格を上げてくれますよね。次のステージに連れていってくれるというか……このスーツにふさわしい仕事を求め、着実に成果を出し、この一着が似合う人物を目指して頑張らないと。身につけるたび、そんな風に思わせてくれます。
私がスーツをつくるのは、次のステージに上がりたいとき。もう一段、上の場所を目指そうという意志の表れかもしれません。

松乃鮨四代目 手塚 良則様

小林:ありがたいお言葉に感激しています。バッキンガム宮殿でのレセプションを始めとした、フォーマルな場で銀座英國屋のスーツを着用されたと伺って、服装に関しておまかせいただいているよろこびを感じます。

信頼できる銀座英國屋のスーツが、信頼関係を築く第一歩に

小林:銀座英國屋のスーツを着ている間、心持ちに変化はありますか?

手塚様:どこに行くにも、自信を持って臨めますね。服装に関してはこれで大丈夫という安心感があるので、それ以外の大切なことに集中できます。
なので、初回のオーダー直後はどこでも銀座英國屋のスーツで出かけていました。ところが、会場での作業に没頭しすぎて膝に穴を開けてしまって(笑)。良い記念と考え、直していただいて今でも大切に持っています。

また、銀座英國屋のスーツは、お客様の信頼を得る過程で強力な武器になります。

小林:手塚さんが、信頼の重要性を感じられた出来事はありますか?

松乃鮨四代目 手塚 良則様

手塚様:インバウンド対応を進める中で強く実感しました。海外の方にとって鮨は、異国の人が素手で生ものを握る料理。また、グローバルフードではなく、水がきれいで温度管理ができる先進国で食べられてきた料理なんです。生の魚を水で洗うわけですから、衛生面が伴っていないと怖くて食べられない。多くの国の方が食べるのに抵抗を感じて当たり前です。 その場で「この人の握る鮨なら、食べてもいいかもしれない」と感じていただくには、丁寧な説明が必要ですし、前提として「この人が言うなら大丈夫そうだ」という第一印象が求められます。

小林:なるほど、初めて銀座英國屋へ来店された方への応対と近いかもしれません。「ここにまかせれば大丈夫」と信頼いただけるような接客に心を配ります。

松乃鮨四代目 手塚 良則様

手塚様:接客においてもっとも重要なのは、信頼関係の構築。わたしたちが海外に行き、日本人だと伝えると「コンニチハ、アリガトウ」とか「トウキョウ! 行ったことあるよ」なんて言われたりしますよね。
私がかつて、海外スキーのツアーガイド、バックパッカー、富裕層ガイドとして世界中を周ったのは、その逆をしたかったからです。「フランスのシャモニー? ガイドしてましたよ。いい場所だよね」「イスタンブールから? ブルーモスクきれいですよね」「ラオスでは象に乗った後、すぐ鮨を握ったよ」と、カウンターのお客様に話しかけたかった。
スキーをしていたことも良かったです。スポーツは国を超えた共通の話題になりやすく、一気に親近感が湧き、信頼関係を築きやすくなります。ワインのソムリエの資格を取ったのも、世界のアルコールといえばワインが多いから。その魅力を語れることが、日本酒や焼酎などの日本のお酒を伝える手助けになるのです。

自国の文化を理解した上で、相手の文化を理解し、相手の立場と気持ちに寄り添うことが真の国際化。これからも「鮨外交」を続けていきたいですね。

小林:当社のスーツが手塚さんの活動をサポートできているなら、本当に光栄なことです。では、最後にお気に入りの逸品をぜひご紹介ください。

手塚様:3年ほど前に買った、北大路魯山人のお皿です。自分の握る鮨にもこの皿に負けない力強さがほしいと、荒々しいものを選びました。
また、この皿を買い求めたことを機に、北大路魯山人氏や器について勉強するようになりました。この器が、私に日本の食文化を学ぶきっかけをくれたのです。これからも学び続け、次のステージへと歩み出せるよう研鑽を積んでいきたいです。

小林:魯山人といえば、大変高級な器ではありますが、それを「学びのきっかけ」と表現されるところに、手塚さんの飽くなき向上心を感じます。
本日は、長時間にわたり、お付き合いいただきありがとうございました。

北大路魯山人のお皿
松乃鮨四代目 手塚 良則様 英國屋 小林