銀座英國屋では、オーダーが続く

松竹株式会社  武中 雅人様1

Profile:松竹株式会社 代表取締役専務 / 松竹衣裳株式会社 代表取締役会長 / 新橋演舞場株式会社 代表取締役社長
1980年松竹株式会社に入社。1997年新橋演舞場支配人を経て、2007年松竹株式会社 取締役、2012年常務取締役、2014年には松竹衣裳株式会社 代表取締役会長を兼任。2019年に株式会社歌舞伎座 代表取締役社長に就任し、2021年には松竹株式会社 代表取締役専務と新橋演舞場株式会社 代表取締役社長に就任、現在に至る。

松竹様の事業について

-代表取締役社長-小林英毅

小林:本日は、松竹衣裳様にお招きいただき、ありがとうございます。
華やかな連獅子の前でお話を伺うことが出来、とても感激しています!どうぞ宜しくお願いいたします。
まずは、松竹様の事業全体について、ご紹介いただけますか?

松竹株式会社  武中 雅人様2

武中様:松竹は、京都の新京極「阪井座」という「芝居小屋の経営」からスタートし、大阪・東京と進出してきた会社です。
「興行」としては、現在、銀座の歌舞伎座・新橋演舞場、京都の南座、大阪の松竹座を経営。また、全国のSMT(松竹マルチプレックスシアターズ)という映画館は、映画館シェア15%前後を占めています。

「演劇」として、上演する演目の全てを制作。歌舞伎・新派劇・松竹新喜劇・新国劇、また、ジャニーズ公演なども手掛けています。ちなみに新橋演舞場は、ジャニーズの現副社長の滝沢秀明さんが「滝沢演舞城」を初めて公演したことにより、ファンの皆様にとって「聖地」と捉えて頂いているようです。
また、「映画」も製作しています。出発点は、大田区の蒲田撮影所(1920年~1936年)。「蒲田行進曲」で有名な蒲田です。ですから今の蒲田駅での発車メロディは、この蒲田行進曲の音楽です。田村正和さんのデビュー映画も、松竹の映画でした。最近では、山田洋次監督の「キネマの神様」も話題ですね。(こちらの舞台は、蒲田の後に開発された大船撮影所)
これら「演劇」「映画」に全て繋がる切り口が、衣装。今、私が会長を拝命している「松竹衣裳」は、松竹の演劇部から独立する形で、1957年に設立しました。今日ご覧いただいたように、幅広い分野の貸衣装を手掛けていて、有難いことに、日本の貸衣装業ではトップシェアです。

松竹衣装

松竹衣裳の強みは「演じる」が出発点にあること。

小林:松竹衣裳様は、元々、貸衣装を手掛けていらっしゃったのでしょうか?

武中様:はい、そうです。
テレビ・映画といった撮影向けの貸衣装は勿論のこと、全国各地のイベントからもお声を掛けていただいています。例えば、大名行列イベントといったお祭りの衣装や、花街の芸妓衆(京都)芸者衆(京都以外)の舞踊会用の華やかな衣装などです。
個人の方からも、例えば、北海道・九州の遠洋漁業の奥様が、半年に1度帰ってこられるご主人のために練習なさった舞踊会で「素敵な衣装で、主人を迎えたい」ということで、お借りいただいています。

小林:素敵なお話ですね。

武中様:このように、基本的には貸衣装ですが、売り渡しもあります。
例えば、歌手の歌謡ショーのためにお仕立てする場合には、他では使わない場合も多く、基本的に売り渡しになります。
歌手の歌の衣装は、全て持ち衣装(自前衣装)です。例えば、舟木一夫さん・五木ひろしさん・氷川きよしさんといった歌手の特別公演でも、前半お芝居・後半歌謡ショーといった場合、前半のお芝居は貸衣装・後半の歌謡ショーは歌手の方の持ち衣装だったりします。

松竹株式会社  武中 雅人様3

小林:貸衣装業では、トップシェアとのことですが、なぜ松竹衣裳様がトップになられたのでしょうか?

武中様:それは、「歌舞伎」を扱っているからです。そして、「和服に対しての造詣が深い」という点も、ご評価いただいていると思います。

小林:WEBサイトを拝見させていただいた限りでは、「一目で伝わる衣装」を、ご提案で来ているのも、一つの差別化ポイントと感じられました。
演技だけでは、「時代背景はこうで、役柄の人格はこうで・・・」と、全ては説明できないと思うからです。

武中様:そうですね。とても、全てを説明はできません。

小林: 例えば、歌舞伎で言えば、ヒーローは赤の隈取、悪役は青の隈取と決まっています。それと同じように、「一目で伝わる衣装」というのは、演じる上で、とても重要ではないでしょうか?

武中様: そうですね。
歌舞伎の世界では、必ずそうなっています。例えば、白塗りは、高貴であり、善の度合いが高いとされています。一方、赤面(あかっつら)は、悪道的な性格で、悪役としています。
水戸黄門の助さん格さんといったヒーロー役の衣装も決まっていますよね。歌舞伎ではないので、白塗りにはしていませんが、白っぽい顔に、浅葱色(青系)の裃を着たりしています。一方で、悪代官は茶系が多いです。また、悪役を守る役柄は、くすんだ色の衣装を着ていることが多い。あれは、見ただけで「これは絶対に悪側なんだと分かる衣装」という意味合いがあります。これらは、実は歌舞伎の世界から来ているのです。このことは、私自身、歌舞伎の世界を見るようになってから分かりました。

小林: こうした背景まで分かって、衣装をご提案いただけるのは、ユーザーとしてはとても有難く感じます。

武中様: ご提案だけではなく、着付けもできますよ。
衣装をお召しになる方が、「どのように着たいか?どのように演じたいのか?どのように振舞いたいのか?」といったことを分かった上で、「どのように着付けたら良いか?」もご提案できます。

小林: とても心強いですね。私の認識では、一般的なスタイリストは、どちらかと言えば「カッコいい」を目指す向きが強いと感じています。そういった方向とは、強い差別化になると思いました。

武中様: もちろん「カッコいい」は大切です。しかし、本来の意味で「これを着て、何を成すのか?」が大事。衣装は、そういったものだと思っています。
例えば、犯人を追いかける役ならば、足の太もも部分にゆとりが必要です。犯人にタックルするならば、それでも着崩れないような着付けも必要。

小林: 着付けにも心を配られているお話を伺い、改めて、松竹衣裳様の強みが「演じるが出発点」という点にあると感じました。

松竹衣装

小林: 他にも、カメラで切り取られるテレビ・映画とは異なり、「演劇は360度見られている」ので、スキが無い衣装にすることも大切なのではと思いました。
「演じる」ことへ理解が深い松竹衣裳様だからこそ、演者から見た時にも、「松竹さんの衣装ならば安心」と思っていただけるのではないでしょうか?

武中様: そこまで思っていただけたら、ありがたいです。
テレビ・映画であれば、カットが入るので、そこで着替えたり、小道具を持ったりすることも可能です。しかし、舞台での芝居は途中で止められないので、一つの衣装を着っぱなし。そこが大きな違いですね。
舞台衣装には、「舞台ならではの工夫」が欠かせません。例えば、早変わりができるように、血糊が出せるように、小道具を隠し持てるように、など、一つの衣装の中で全てを出来るようにしなければならないのです。
舞台での全ての所作を考えて、衣装を作り、着付けをすること。ここのポイントを押さえていると、着こなしも良く、演じやすい衣装を選んで差し上げられます。

小林: そういった中で、今回、松竹衣装様はBtoC向けサービスの拡充を検討中と伺いました。どのような方がターゲットでしょうか?

武中様: サービスのターゲットは、「全ての方」と考えています。
今は、七五三やお正月の時にしか、衣装を借りる風習が無くなってきています。しかし、人生は産まれてから、様々なイベンントがあります。そのときそれなりの衣装に着替えるだけでも、素敵なイベントになり、また良い思い出となり、更に楽しんでいただけるのではないでしょうか?映えますしね。

小林: 今は、「SNSに素敵な画像を掲載したい!」というお声も多くありますよね。

武中様: SNSに載せることも、一つのイベントになればと思います。衣装を着て、帝国ホテルに食事に行く。それを後になって、家族で写真を見ながら思い出す。そういったことも、人生を楽しむ一つになるのではないでしょうか?

松竹株式会社  武中 雅人様4

歌舞伎のオススメの見方

小林: ところで….実は、このインタビューに向け、改めて歌舞伎を学び、舞台も拝見いたしました。ネットであらすじを読み漁って、一つ一つのセリフを確かめながら見ていく・・・という学び方をしていたところ、社内の歌舞伎ファンには驚かれてしまいました(笑)
歌舞伎の初心者に、オススメの見方はございますか?

武中様: 歌舞伎には、時代物・舞踊・世話物とありますが、最も観やすいのが世話物ではないでしょうか?面白く観られます。
実際、観やすいように、序幕には時代物、中幕には舞踊、追い出しには世話物というのが、普通の公演形態になっています。
序幕の時代物については、様式美をご覧いただき、衣装が綺麗だとか、主演の俳優さんが素敵だなとか、初めての方はそのくらいの気持ちで良いと思います。
その後、幕間(まくあい)には、美味しいお弁当を召し上がっていただいて、中幕の舞踊。これは衣装の美しさ、また、長唄・常磐津・清元、そしてお囃子といった江戸時代から残っている音楽の音色を楽しんでいただく。
そして、追い出しの世話物。ここはストーリーを追いかけて楽しむ。
これが初めての方の歌舞伎の楽しみ方ではないでしょうか?

小林:まさに弊社の歌舞伎が好きな女性スタイリストも「内容は良く分かっていません。あらすじだけ分かっていて、後は綺麗だなぁ・・・と観るのが楽しいです」と話していました。(笑)

武中様:初めから理解するというのは難しいと思います。
繰り返しご覧いただくことによって、例えば、序幕にひいきの俳優さんが出ていらっしゃるのに、分からないのは勿体ない!といった気持ちになります。
たとえば今月でいえば(9月興行)片岡仁左衛門さんも、時代物・舞踊・世話物、全てを演じられます。松本幸四郎さんも同じです。
「役者で見る」と言いますが、役者を追いかけてみるというのも、ポピュラーな見方ではないでしょうか?

小林:ありがとうございます。次回、歌舞伎鑑賞がますます楽しみになりました。

松竹株式会社  武中 雅人様5

銀座英國屋では、オーダーが続く

小林:最後に、銀座英國屋でのオーダーについて伺いたいと思います。
武中様には、ほぼ毎年、銀座英國屋でオーダースーツをお仕立ていただいています。いつもご愛顧いただき、ありがとうございます。

武中様:39歳で新橋演舞場の支配人になってから、銀座英國屋でオーダーするようになりました。
ほぼ毎年、オーダーしているので、20数着ほどありますね。

小林:どのようなキッカケがあったのでしょうか?

武中様:大向こう(「澤瀉屋!(おもだかや)」などの掛け声)を、「最前列」で掛けていらした方がいらっしゃいました。歌舞伎では、大向こうは、桟敷席や1階席から声を掛けるのはご法度とされていますが、その方はご存じではなく、私がご説明に伺いました。そして「懇切丁寧にご説明してくださって、ありがとうございました。」ということで、後日お贈りいただいたのが、銀座英國屋ギフトだったのです。
当時は「このような物を戴いてしまった!」と驚きましたが、せっかく頂戴した機会でしたので、初めて銀座英國屋のお店にお邪魔しました。
初回は、グレーの夏物のオーダースーツ。とても仕上がりが良く長持ちし、今でも着られます。
その時に初めて立ち会って頂いたフィッティング技術者の方が、つい最近までいらして、4~5年前に2着目にオーダーしたスーツの修理をお願いしたら「このスーツ、私が担当させていただいた一着です」と感動的な一言を頂戴しました。もう泣きそうになりました。

小林:そこから、こうして長くご縁を頂けているのですね。 銀座英國屋で、お仕立てを続けて頂けている理由を伺えますでしょうか?

武中様: 実は、他のテーラーでも仕立てたことがあります。お付き合いで。銀座でも、有名テーラーでお願いしました。
しかし、何か違う。オーダースーツ、その1着で終わりました。
なぜか?と思いますが、やはり慣れ親しみがあるのかと思います。
あと、創業者の(小林の)お爺様が「接客担当とフィッティング技術者に分けた」というのが、オーダースーツの仕上がりに、影響があると思います。
実際、私はフィッティングの時に、技術の方に語りかけられたことはありません。基本的には接客担当のスタイリストが話かけて下さっていて、技術の方は集中していらっしゃいます。徹底していると思いますね。
あと、スタイリストが、私のワードローブを完璧に把握してくださっているのが1番嬉しいです。「次は、このオーダースーツを仕立てましょうか?」だとか、「タイト目に仕立てましょうか?」と提案してくださるので、楽しいですね。また、裏地・ボタンの選び方についても、完璧なアドバイスがあります。

その日の装いは、その日お会いする方によって変える

小林:武中様は、「舞台に立っているかのような気持ちで、服を着られる」と伺いました。
それは、銀座英國屋がスーツを選ぶ基準として提唱している「どなたからの信頼が必要か?」と同じようなことでしょうか?

武中様:私は、スーツの細かい形・型までは、影響が無いと思っています。しかし、色やデザインは、関係していると思います。
私は、松竹の中で、不動産部門の仕事をしていますが、ゼネコンの方とお会いするときには、「ワイシャツは白」と決めています。理由は、ゼネコン系の皆様は、ワイシャツは白ですので。施主の立場でお会いはしますが、今日のような色付きワイシャツは失礼だと思っています。
また、歌舞伎座や演舞場のお客様の前に立つときも、必ずダークスーツに白ワイシャツ。「お客様がいらっしゃるときは、お客様の背景になれ」と、先人からしつけられてきました。
一方で、芸能界関係の方にお会いするときには、色付きのワイシャツで、派手目のネクタイを締めています。

小林:ご自身の好みというよりも、まずは「お相手」を重視していらっしゃるということでしょうか?

武中様:そうですね。
歌舞伎座の仕事をしている時も、歌舞伎俳優にお会いする日・お会いしない日で、かなり服装を変えています。「歌舞伎俳優は、毎日、舞台を踏んで、私達に給金を払ってくださる方だ」という認識を刷り込まれました。こういったこともあり、「歌舞伎俳優の視線がチラリとでも、触れるような恰好はするな」と、やはり先人から教わってきました。
そして、一番身が引き締まるのが、この松竹衣裳に出社する日(笑)。やはり衣装の方々はみんなオシャレですから。女性顧問に、ネクタイやチーフの柄をジーっと見られたり。

小林:やはり、その日の装いは「その日お会いする方によって変える」ということですね。これからも銀座英国屋のお客様に「信頼を得られる装い」をご提供していきたいと、身が引き締まる思いです。

小林:最後に、お気に入りのアイテムをご紹介いただけますか?

武中様:パテックフィリップの手巻き時計ですね。私が産まれた年のパテックフィリップ等、様々な種類を集めています。朝のルーティンとして1日の流れを思いながら、それぞれを巻いているんですよ。

小林:きょうはネクタイ、チーフ、時計、カフス、ワイシャツのネームに至るまで、小物を全てブルーで統一され、本当に素敵だと思いました。やはり、細かな点まで気遣われて、とてもオシャレですね。
本日は、長時間にわたり、お付き合いいただきありがとうございました。

松竹株式会社  武中 雅人様6
松竹株式会社 代表取締役専務 松竹衣裳株式会社 代表取締役会長 新橋演舞場株式会社 代表取締役社長 武中 雅人様 オーダースーツ銀座英國屋 代表取締役社長 小林英毅